かの者、硬輝なる鎧を纏いて、いざ目覚めんとす。
「危ない、離れて!!」
玄関入り口で妻の絶叫がムスメを制動させた。
既に俺は、敷居を跨いでいた。
「足元を見て!!!!」
扉と建具の隙間は僅か5mmもないだろう。
そこでアイツは眠っていた。
硬質な黒光りをする鎧。
橙色の足と触手。
百本の手足を持つような様から名づけられた、世の中で一番嫌いな奴。
ムカデ。
体長約23cm。
太さ大人の親指相当。
(どうしてこんなバカでかい奴が、気密設計された家の玄関の建具の隙間で寝ているのだろうか)
そう思うより先に、俺の黒目は急激に細く鋭くなる。
(殺す)
俺とムカデとの距離20cm。ムスメは30cm。
「離れろ!」
即座に玄関から外へムスメを追い出し、シューズクロークで眠る武器に手を伸ばす。
金属器:スコップ。
(玄関の建具についているゴム製の緩衝材などどうでもいい)
寝ぼけたムカデの胴にスコップ刺し込む。
30秒静止させてみる。
しかし、アイツは蠢いている。
「生」にしがみ付こうと、必死で躯体をうねりながらスコップからすり抜けようとしている。
(貫通しているはず。でもこのままでは抜けられる・・・?!)
「もっと離れろ!そっちに一度出してもう1回殺る!」
妻とムスメを遠くまで剥がし、ムカデをスコップで広間へ放り出す。
(やっぱり)
胴は繋がったままだった。
丹田に力を入れ一気に金属器をムカデの胴の下、石タイル目掛けて突き刺す。
ガキンッ!
夜中に響く金属の衝突音。
はた迷惑だが許して欲しい。
(コイツだけは逃がさない)
見事に真っ二つになった、尻尾側と頭側。
それでも、頭側は逃げ道へと逃走を開始している。
残された、尻尾は主を失って慌てふためき、激しく蠢くばかり。
(さすがの生命力。でも、まずは、頭側・・・)
ガシャーンッ!
刺すではなく、平たいほうで押し付け、左足を上から乗せ体重で潰す。
汁しか残らない惨殺。
残った尻尾側。
もう2分する。
そこからはあっという間に、動きは止まった。
「パパー、怖かったねぇ」
「あぁ・・・」
(ムカデはツガイで生活している筈・・・もう1匹はどこだ・・・)
「昨日、草むしりをしようとして手を伸ばしたらムカデがいたんだけど、これより小さかったよ」
「ソイツか。じゃぁ、草むしりして炙り出すか」
ムスメを実家へ非難させ、本日豪雨の中、妻と草むしりを敢行。
ムカデの恐怖から開放されたい一心だった。
鉢の裏、水場の近く、湿った付近は全て捜したが、ツガイは見つからなかった。
せめてもの防壁として、対毒ムシ用のバリア剤を家の周囲に撒き散らした。
昨年は家の中でムスメが発見し、火箸で掴みフマキラー火炎放射で焦がした。
その時もツガイが見つからなかった。
多分、昨日殺したヤツは昨年のツガイの方だろう。
ヤスデはかなり見かけた。
ヤスデじゃ驚きはしない。
(いつ出るのか。この時期は最悪だ)
昔、ツーリングに行った帰りにヘルメットの中が妙にくすぐったかった。
何度もメットを叩いたが、こそばゆい感じは収まらなかった。
信号機で止まり、メットを外して中を覗くと・・・
ムカデが「こんばんわー」していた。
0距離のムカデ。近すぎた。
パニックになりメットをぶん投げ、近くの商店のシャッターに当たる。
そのままムカデはどこかに行ってしまった。
幸運にも噛まれなかった事が奇跡だった。
それ以来ムカデは恐怖でしかない。
たったの5mm幅。
恐怖の隙間だ。
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